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Honesty ♯1

休暇を利用してニューヨークに住む両親を訪ねていたパティが、トニーとアリスへのお土産を手にアードレー家を訪ねてきたのは、北風が冷たい11月の初めのことだった。
同じく小学校教師の夫とは、互いの仕事の都合で別居結婚を続けているパティだが、相変らず学校の仕事と並行してポニーの家の子供たちの世話もしてくれている。今回のニューヨーク旅行では、さすがに両親から「いいかげん自分自身の子供を持つことを考えなさい」と、夫との同居を勧められたそうだが、当のパティは「分かってるんだけど、今の小学校もポニーの家も離れがたくって」とコロコロ笑っている。優しい夫と過ごす時間についても、四六時中いっしょにいるより、たまに会う方が新鮮で良いなどとと、パティは至って涼しい顔をしているのだった。キャンディもアニーも、大人になったパティが、自分たちの中で一番仕事熱心で進歩的な女性になったことに心から驚いていた。
「彼は優しいけど束縛しないし、今みたいな距離感がちょうどいいのよ。私も何より仕事が好きだし。夫婦っていろいろな形があっていいと思わない?」
「そうよねぇ、たしかに三者三様ね。アーチーと私も、キャンディとアルバートさんも全然違うし。なんだかんだで、キャンディのところが一番熱愛カップルなのも、不思議なものよねぇ・・・」
「あらっ!アニー、それってどういう意味??」
「だって、あのお転婆キャンディがねぇ・・・?いつも男の子みたいに飛び回っててターザンなんて呼ばれて、女らしさとは無縁だったじゃない。ブルーリバー動物園にいた頃のアルバートさんと、学院にいた頃のキャンディを思い出すと、今のふたりの甘々ぶりが信じられないわ」
アニーとパティが顔を見合わせて意味深に笑うので、キャンディは思わずふくれっ面をし、それから自分も吹き出してしまった。

3人がテラスで楽しげにお茶を飲む傍らで、7歳になったトニーと、3か月後には9歳を迎えるアリスが、家庭教師に出された宿題を解きつつニューヨーク土産のクッキーをかじっている。ふたりともここ一年で随分と背が伸び、利発で明るく賢い子供に育っていた。
「アリスもトニーも、勉強熱心で偉いわねぇ。問題を解いてる顔が生き生きしてるもの。将来が楽しみだわ」
パティが子供たちの様子を見て感心しながら言うと、アニーが「アリスはもう少しオシャレに興味を持ってほしいわ」と嘆き、3人はまたクスクス笑いあった。
アードレー家の未来を担う子供たちは早くから英才教育を受ける運命にあり、既に週に数回、家庭教師が入れ代わりでやって来ては、通常の勉強プラス音楽、運動、乗馬に至るまで指導していく。特にトニーの場合は『未来の大総長』という重荷を背負っているゆえ、今後は徹底的に帝王学を叩きこまれることになる。キャンディもアルバートも、まだ幼いトニーに重圧をかけることはしたくなかったが、当の本人は学ぶこと全般に無邪気な興味を示し、アリスと競うようにして次々と課題をこなしていくのだった。
「僕も相当早くから家庭教師がついたけど、、、逃げ出して裏庭で遊んで、こっぴどく叱られてばかりだったなぁ。トニーはいったい誰の血を引いたんだ?」
アルバートが一生懸命ノートに字を書きこんで勉強をしているトニーを眺めて首を傾げ、キャンディも同じく頷いたものだ。
「私もポニーの家で、読み書きの勉強が大っ嫌いだったわ。いつも先生たちの眼を盗んで、木の上に逃げてたっけ。・・・ほんと、トニーって我が子ながら不思議だわ」
そうは言ってもトニーは相変わらず元気いっぱいのやんちゃ坊主で、金色の巻き毛が愛らしい天使のような笑顔で人々を魅了しては、陰でイタズラをして叱られる毎日だった。顔立ちはますますアルバートに似て端正な顔立ちの美少年になり、それでいて鼻のあたりにキャンディゆずりのファニーな可愛らしさも漂わせている。
アーチーなど、「このルックスで、おまけに勉強もスポーツもできる男に育って、そのうえアードレー家の跡取りときたら・・・女の子たちが放っておかないな。悪い虫がつかないように、僕がしっかり監督しておかないと!」と息まいているくらいだった。

しばらくお茶とお菓子を楽しんでいたキャンディたち3人だったが、そろそろパティの帰る時間となり、名残惜しそうにソファから立ち上がった。
「アルバートさんとアーチーにも会っていきたかったけど、夕方になる前に列車に乗らないと。明日からまた授業があるのよ。クリスマスにまた会いましょう」
「そうね、今年はポニーの家でクリスマスを祝いたいわね!」
キャンディとアニーは子供たちの手を引きながら、パティを屋敷のエントランスまで見送りに行った。
運転手のダニエルが駅までパティを送ってくれることになっている。
外に出ると既に陽が傾きはじめていて、空気の冷たさに一同は身をすくませた。
「そうだ、キャンディ。ニューヨークでうちの母にちょっと聞いたんだけど・・・」
パティが車に乗る前に、キャンディを振り返って少し声を落として言った。
「あのね・・・スザナ・マーロウの具合が良くないらしいんですって」
「えっ・・・?スザナって、あのスザナ?」
キャンディの胸の奥が一気にざわめいた。

かつてキャンディがテリィと別れる原因となったスザナ・マーロウ。
テリィを庇って大怪我をし、それゆえ女優業を諦めたスザナだったが、その後彼女のキャリアがどうなっているのかキャンディはまったく知らずにいる。
「うちの母、記者をやっているからニューヨークの演劇界のことも多少は知ってるのよ。スザナの体調があまり良くなくて、テリィも最近は舞台の仕事を控えてるらしいわよ。あっちで噂になってるみたいなの」
「・・・そうなの・・・?そんなに具合が悪いのかしら・・・」
キャンディは胸がつかえるような気持ちになり、なかなか言葉がスムーズに出てこなかった。アニーがキャンディの腕にそっと手を添えて、「テリィも心配でしょうね・・・」と呟く。
「スザナには、元気でいてほしいわ・・・。脚を片方失ってすごく苦労してきたはずですもの・・・。テリィにも、悲しい想いはしてほしくない・・・」
キャンディが絞り出すようにそう言うと、パティもキャンディの手を優しく握った。
「きっと大丈夫よ。治療に専念してるんでしょう。・・・帰り際にこんな話をしてごめんなさいね。じゃあまた、クリスマスに!」
パティはそう言ってダニエルの車に乗り込むと、皆に手を振りながらアードレー家を後にした。

遠い昔、スザナに複雑な感情を抱き、苦しんだ日々があった。スザナさえいなければ・・・と、ひとり涙を流した夜もある。けれどもいつしか時の流れが心の傷を癒し、テリィへの愛が大切な想い出に変わっていくにつれ、キャンディはいつもそばにいてくれたアルバートを深く愛している自分に気付いた。そしてそれによって、キャンディは「愛する人」をどうしても失いたくなかったスザナの「女」としての気持ちが痛いほど分かるようになっていった。
アルバートと愛しあい、人生を共にしている今、キャンディのなかにテリィとスザナの幸せを心から祈る気持ちがあるのも真実だった。だからこそ、スザナの身体の具合が思わしくなく、そのためかテリィも仕事を控えているという噂は、キャンディの心を一気に沈ませた。
「大丈夫、きっとテリィもついてるし、スザナの具合も良くなるわよ」
キャンディは自分に言い聞かせるように呟き、心のなかで祈りを捧げると、無邪気にスキップするトニーと手を繋ぎながら自分たちの住居へと戻っていった。




by akaneiro16 | 2016-06-23 20:10 | ファンフィクション