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二人の絆 ♯4

パーティーが終わった後も、アルバートとアーチーは親族や取引関係者たちとのビジネス談義に花を咲かせていた。夜はそのまま仕事を交えた紳士たちの懇親会が行われることになり、女性陣はそれぞれ自由な時間を過ごすことになった。
「ここの通りを渡った先に美味しいシーフードレストランがあるから、アニーと二人で行ってくるといい。おもしろい土産物屋もいろいろあるようだから、楽しんでおいで。でもあんまり遅くなっちゃダメだよ」
そう言ってアルバートはキャンディの頬にキスすると、更に声をひそめて耳元に囁いた。
「今日は一段と綺麗だよ。さっきから、抱きしめたくてたまらない」
キャンディが頬を赤らめながらアルバートの胸を軽く叩いてはじらうと、アルバートは楽しげに笑って今度は妻のおでこにキスした。
「また後で。気を付けて行っておいで」

キャンディとアニーは日没前の海岸を散歩したり、オシャレなショップで土産物を覗いたりして、マイアミでのわずかな休暇を楽しんだ。トニーとアリスにはもちろん、パティとポニー先生、レイン先生、そしてポニーの家の子供たち、それに運転手のダニエルや使用人たちへのお土産・・・と欲張って買ってしまったため、結構な量の荷物になってしまった。それでも、皆の喜ぶ顔を思い浮かべながらアニーとお土産を選ぶことはとても楽しかった。
アルバートに教えてもらったレストランでお腹いっぱいに食べた後、すっかり夜の帳が降りた海岸通りをホテルに向かって歩いた。観光地だけあって、夜でも人通りが多く賑やかだ。浜辺にもまだ人影がある。
キャンディとアニーは、「もう子供たちは寝たかしら?」「ううん、絶対まだ起きててメイドたちを困らせてるわ」などと想像しあってはクスクス笑いあった。トニーとアリスは放っておいても大丈夫なタイプだが、それでもやはり一日でも我が子と離れると、言いようのない淋しさを感じてしまう。
ホテルに戻ってサロンを覗くと、どうやら男性陣のビジネス談義はまだ続いているようだった。さすがに疲れたキャンディとアニーは、明日の朝食を一緒に取る約束をして、それぞれが宿泊する部屋へと帰って行った。

バスタブにゆっくり浸かった後、ベッドの上で素肌にバラの香りのクリームを丁寧に擦り込んだ。
もう何年も愛用しているこのクリームは、結婚前にアルバートが「キャンディに似合いそうな香り」だと言ってプレゼントしてくれたものだ。それ以来、ずっとこのクリームを使い続けている。
プレゼントされた時、「どんな顔してこれを買ったの?」と尋ねたら、とても照れくさそうな顔をして黙って抱きしめられた。心臓が壊れそうなほどドキドキしたのを思い出す。あの頃はアルバートもキャンディも、近づいていくお互いの距離に敏感で、ちょっとしたことに緊張して、手探りで恋を育てていた。
「今のバートなら、きっと色っぽい冗談で返すでしょうね」
キャンディはそう独り言を呟きながら、クスッと笑った。クリームを肌に伸ばしながら、自分の剥き出しの両肩をそっと抱く。
早くアルバートに会いたい。広い胸に顔を埋めたい。そんなことをぼんやり思いながら、今日一日の疲れを感じてそのままベッドの上にパタッと横になった。

先ほどから幾度も頭をよぎるのは、イライザのことだった。
トニーの写真を凝視しながら、涙を浮かべてアンソニーを想い出していたイライザ。アーチーは後で「余計なことをしてごめん」とキャンディに謝ってきた。まさかイライザがあれほど極端な反応をするとは思わなかったのだろう。キャンディもまた、イライザのあの潤んだ瞳を見たとき、遠い昔、イライザや自分がアンソニーに夢中になっていた時代に戻ったかのような錯覚を起こしかけた。キャンディが今でもアンソニーの死を想い出して胸が詰まりそうになるのと同様に、イライザにとってもアンソニーはそれだけ大切な初恋の人だったのだろう。ましてイライザは親族だから、幼いころのアンソニーを知っている。よく似た面影を持つトニーにあれほど激しい反応をしたのも、分からなくはなかった。
キャンディの気持ちをそれ以上にざわつかせているのは、イライザがアルバートを見つめていた視線だった。
アルバートが壇上で祝辞を述べているとき、横に並んだイライザの眼差しが、傍らにいるフィアンセのラングストン氏ではなく、アルバートの横顔にしきりに注がれていることにキャンディは途中で気づいたのだ。優しさに満ちたアルバートの声に聞き入り、うっとりした熱い視線を大おじ様にひたすら投げかけていたイライザ。あれは、横に婚約者がいながら、別の男性に向ける類の視線ではなかった。現に、アルバートがイライザについて語り出したとき、一瞬イライザの肩にアルバートの手が軽く触れたのだが、そのとき明らかにイライザはピクッと身を震わせて頬を紅く染めたのだ。
6年前にこのホテルのオープン記念パーティーに招かれたときも、イライザはアルバートをうっとりと熱く見つめていた。けれどもあのときの視線は、あくまでほかの女性たちと同じく単なる「憧れ」の眼差しだったと思う。キャンディの心の奥がざわめくのは、今日のイライザの眼差しが、もっと何か意思を持った、思いつめたものに見えたからだ。そしてトニーの写真への過敏な反応・・・。
なんだか無性に胸が騒ぐ。それとも、昔からイライザには数々の嫌がらせをされてきたから、自分が神経質になっているだけだろうか・・・?
・・・そうかもしれない。いくらイライザでも、結婚を決めたのだからそれなりに心を改めたはずだ。余計な心配はしないほうがいい・・・。

花のような香りをほのかに感じ、キャンディはうっすらと眼を開けた。
ベッドサイドの薄灯りと、窓から差し込む月光。脚に温かい何かが触れる感触があり、ぼんやりと視線を向けると、ベッドに腰かけたアルバートが、キャンディのふくらはぎにバラの香りのクリームを塗りながらマッサージをしていた。
「・・・そのまま、寝てていいよ。今日は疲れたろう?」
「・・・私、寝てた・・・?ごめんなさい、起きて待ってようと思ったのに・・・」
懇親会を終えたアルバートが、いつのまにか部屋に戻ってきていたのだ。既にバスルームも使い終えたらしく、髪は少し濡れており、腰にタオルを巻き付けている。
物音や気配にまったく気づかず眠り込んでいたなんて。相変らずの自分の図太さにキャンディは苦笑いしてしまう。
「・・・ああ、いい気持ち。アルバートさんも疲れてるのに・・・私ばっかりズルいわね。でも、これ、やめないで・・・」
うつ伏せの体勢のキャンディは、アルバートの巧みなマッサージに思わず眼を閉じて、ふうっと至福のため息をついた。
「お仕事がらみのお食事、ずいぶん盛り上がってたみたいね」
「うん、まあ、単なる顔つなぎだけどね。でもビジネスにはこれが大事だから、面倒でも仕方ないさ。珍しい話もいろいろ聞けたよ。・・・キャンディたちは?マイアミの夜は楽しめたかい?」
「・・・素敵なお店がいっぱいあったの。お土産をたくさん買ったわ。シカゴに戻ったらポニーの家に送らなきゃ。レストランもすごく美味しかった」
「そうか、それは良かった。・・・本当はもっとゆっくり滞在して、泳いだりもしたかったけどね」
アルバートはそう言いながらスルスルとネグリジェの裾を器用にまくり上げると、新たにクリームを伸ばした手をキャンディの太腿の裏側へ優しく滑らせた。そのまま大きな手がもっと上までなめらかに滑っていき、いつしかその動きがキャンディの身体の奥に甘い疼きを呼び覚ましていった。




by akaneiro16 | 2016-06-01 13:18 | ファンフィクション