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Like a Virgin ♯10

その翌月にはアーチーとアニーの結婚記念日があった。
約束通り、当日は丸一日アルバート一家がアリスを預かることになり(とは言え、アルバートは仕事なので実質キャンディが子供たちを見るのだが)、アーチーとアニーはゆっくりと夫婦水入らずで過ごせることになった。
楽しみにしていたのは主にアニーのみで、アーチーはその日が近づくにつれ、面倒そうな顔を隠しもしなかったが、アルバートにたしなめられて気を取り直したようだ。昨日、アーチーとアニーは新調したスーツとドレスに身を包み、運転手のダニエルを従えてオペラを見に出かけて行った。
アルバートが、「記念日にはきみたちもレイクウッドの山荘を使っていいよ」と勧めたのだが、アニーの好みが森や山荘より、オペラとラグジュアリーなホテルで過ごす休日だったので、そのプランは却下された。それで彼らの結婚記念日は、オペラ鑑賞の後、評判のレストランで豪勢なディナー、そして高級ホテルで1泊、というものになったのだ。妻に付き合わされるのに欝々としていたアーチーも、本来は誰よりもセンスの良さに自信を持っているゆえ、そういった場に妻をエスコートして紳士として振る舞うことにはプライドをくすぐられるらしい。なんだかんだで、当日は過剰なほどにピシッと決めて、アニーを連れて颯爽と出かけて行ったのだった。

「アーチー、最初は気乗りしてなかったのに、行くときは結構得意げだったわよね。アルバートさん、何て言ってアーチーをその気にさせたの?」
朝食のテーブルでオレンジを食べながらキャンディが尋ねると、アルバートがコーヒーを手にニヤリと笑った。
「この先アーチーがビジネス面で成功するには、美人の奥さんの顔も売っといたほうがきみのためだぞって言ったのさ。それだけで取引先が一つ二つ増えるかもしれないから、せいぜいがんばれってさ」
「うわぁ、何その打算的な助言。男の人って嫌ね」
キャンディがクスクス笑いながらアルバートの頬っぺたをつねった。
「ビジネスに打算は付き物だよ?まあ、僕は打算抜きでキャンディを自慢して見せびらかしてるけどね。こんな可愛い奥さんだと知ると、みんな羨望の眼で見るから気分いいんだ」
そう言ってアルバートが頬にキスしてきたので、キャンディは自分の単純さを十分承知で嬉しくなってしまった。

「私ね、アニーたちが山荘行きじゃなくてオペラを選んでくれて、内心ホッとしちゃった」
玄関ドアの前で、アルバートの背中にスーツの上着を着せながら、キャンディはこっそり打ち明けた。
「どうしてだい?」
「・・・だって、あそこは私たちの想い出がたくさん詰まってる場所なんですもの」
「あの山荘は、僕らで独占しておきたい?」
アルバートがネクタイの結び目を直しながら、横目でキャンディを見て笑う。
「私って、ケチよね・・・。自分の性格の悪さにびっくりだわ」
「いや、僕も内心アニーの好みが僕らと逆で良かったとホッとしたんだ。まあ一応、勧めてはみたけど、本心ではあそこは僕らだけのものにしておきたかったしね。・・・悪い総長だね、僕も」
「うふふ。悪い夫婦よね、私たち」
キャンディが茶目っ気のある眼差しで見上げると、アルバートが優しく微笑んだ。
「あそこは僕らの隠れ家にしよう。いつでもふたりきりで内緒のことができるように」
そう言って、アルバートはキャンディの肩を抱き寄せると『行ってきます』の軽いキスをした。
唇を離したとき、キャンディは無意識に甘えた眼をしていたらしい。
「あ、またそういう顔をする。きみがそういう顔をすると、出かけるのが遅れてしまうんだよ。わざとやってるのかい?キャンディ」
アルバートは言いながら、今度は本物の大人のキスをしてきた。朝から膝が抜けそうなキスをされてクラクラし、キャンディは思わずアルバートのスーツをギュッと掴んだ。
「・・・もうっ・・・!朝からこんなふうにされたら、私、一日中おかしくなっちゃうじゃない・・・」
「うーん、僕も仕事中、不謹慎な妄想に陥ってしまうな。・・・しまったな」
「ねえ・・・今日は早く帰ってきてね」
「ああ。早く帰ってきて、この続きをしよう・・・。今日はそれを励みにがんばって仕事してくるよ。そうだ、今夜は新しいネグリジェを買ってきてあげようか」
キャンディは「まったく、何枚ネグリジェ買ったら気が済むの?」と呆れながら、それでも嬉しさを隠し切れずにアルバートに再度キスをした。

玄関の前で長々と繰り広げられる夫婦の甘いやり取りを、リビングのドアの隙間からこっそり覗いている2つの人影があった。
「トニーのパパとママのチューってなんであんなに長いの?うちなんてあんまりしないし、もっとうんと短いよ」
「ぼくのパパとママはチュッチュがすきなんだよ。チュッチュすると、ふたりともすごくうれしいかおになるんだよ。そんで、またチュッチュするからおわらないんだよ」
「ふーん・・・。うちのママたちとのちがいは何なのかな。ちょっとしらべてみようかな。あ、またチューしてる。あれじゃ、ちこくしちゃうんじゃないの?」
「いつも、とちゅうでジョルジュがよびにくるよ。それでパパ、いそいででていくの」
「そうなんだ。社長なのにあわてんぼさんなんだね」
トニーの予言通りジョルジュがドアをノックする音がして、キャンディがようやくアルバートを送り出した。その後キャンディが振り返ってリビングに向かってきたので、小さな二人は急いで子供部屋へ戻った。

トニーのベッドの隣に、組み立て式の簡易ベッドを置いてもらってお泊りしたアリスは、「けんきゅうノート」をバッグから引っ張り出すと、今日調べるテーマについて幼い字で書き始めた。
『トニーのパパとママVSうちのパパとママのチューのちがいについてかんがえる』
書き終わったアリスが満足げな顔でノートをトニーに見せると、まだ字がよく読めないトニーが首をかしげる。
アリスはトニーのために、書いた文字を読み上げてやった。
「だっこも、だよ。だっこもだいすきなんだよ、パパとママ」
「そう。じゃあ、抱っこについてもかんがえよう。あ!でもさ、夕方にはうちのパパとママが帰ってきちゃうから、先に裏庭のひみつちょうさをやっちゃおうよ。昨日のつづき」
「いいよー。ぼくむしをさがすかかり!むしさがすの、ぼくじょうずだよ!」
「オッケー!じゃあ、はやく朝ごはん食べちゃおう」
二人は急いでお気に入りの(泥だらけになっても良い)服に着替えて子供部屋を飛び出すと、キャンディが朝食を並べるテーブルへ、競うように走っていった。



END




by akaneiro16 | 2016-05-17 00:05 | ファンフィクション