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Like a Virgin ♯2

悠然とした足取りで丘を登ってくる長身の人影。少し汗をかいたのか、シャツのボタンをはずしながら斜面を上がってくるそのひとは、驚いて見下ろしているキャンディの姿を見つけると、すぐにいつもの優しい笑顔を投げかけてきた。
「あ!パパだ!パパおしごとおわったの?おかえんなさーい!」
トニーがキャンディの横を走りすぎて、アルバートを迎えに降りていく。
「ただいま、トニー。どうだい?ポニーの家は楽しいだろう?いい子にしてたか?」
トニーを抱き上げ、肩の上で飛行機ごっこをさせながら丘の上に現れたアルバートの周りに、子供たちが歓声をあげながら走り寄った。
「アルバートさん・・・どうして?まだお仕事のはずでしょう?」
「無理矢理終わらせてきたんだよ。なんとか今日に間に合った。結婚記念日なのに、奥さんと離れて過ごすなんて僕には耐えられないからね」
アルバートが悪戯っぽい眼で微笑んでいる。キャンディは驚きと喜びで胸がいっぱいになり、思わず手で口元を覆った。
「ママ、どうしてないちゃうの?ないちゃだめー。パパなぐさめてあげてー」
トニーがアルバートの肩の上で、父親のブロンドの髪をくしゃくしゃと引っ張りながら訴えた。

例によって、アルバートはポニーの家へのお土産を山のように車に積んできていた。
子供たちのための本や文具に遊具、夏物の衣類に寝具。日持ちのする美味しい食材。ポニー先生とレイン先生は、毎度のことながら大げさなほど感謝の言葉を繰り返し、恐縮していた。
アルバートはアニーが出してくれたレモネードを飲み干すと、窓枠の修理に手こずっているアーチーを見かねて立ち上がった。そしてアーチーからカナズチを受け取ると、まさに魔法のような手際の良さで手早く修理を終えてしまったので、子供たちが「大おじ様、すごぉい!」「トニーのパパ、なんでもできるんだねぇ」と興奮して騒ぎ立てた。アーチーが「これじゃ僕の立場がないよ」とぼやき、キャンディたちはそれでまた大笑いした。

「ええと、実は今日突然押しかけたのには理由があるんです。先生方にはご迷惑をおかけしてしまうんですが・・・今からキャンディを連れて、ふたりで出掛けたいと思いまして。つまりトニーをここに残して。大変厚かましいお願いなんですが、どうかお許しいただけないでしょうか・・・?」
工具をしまった後、アルバートが改まって両先生に尋ねた。
「今からですか?ええ、ええ、もちろん構いませんけど・・・お帰りは?」
「それなんですけど・・・明日の昼にここに戻ってこようかと。もともとみんな明日にはシカゴに帰る予定だったんだよね?」
アルバートがキャンディに聞き、キャンディが頷く。
「ですので、明日の昼にはトニーを迎えにここに戻ります。図々しいのは承知なんですが、今日一日、トニーをこちらで預かっていただけないでしょうか?」
「それはもちろん、わたくしどもは構いませんわ。トニーなら本当にいい子ですし、何も心配いりませんもの。キャンディはここに来て以来、毎日私たちの手伝いに忙しく働いてくれて、少しも休めてないんですよ。どうぞ、ふたりでゆっくり出掛けてきてくださいな」
ポニー先生がにっこりと笑いながら言うと、横でレイン先生がパッと顔を上げて「あ、もしかして・・・今日って・・・」と呟いた。
「あ!キャンディ、今日ってあなたたちの結婚記念日じゃない?」
アニーが眼を輝かせながらキャンディの腕を掴んだ。
「うん・・・実はそうなのよ」キャンディは頬を染めて、頷いた。
「まあ、嫌だ!私たちったらすっかり忘れていて!それは大変、こんなところで引き止めていてはいけないわ!キャンディ、早く支度をしてアルバートさんとお出掛けなさい!」
急に慌て始めた先生方の動きが可笑しいのと、みんなの優しさが嬉しくて、キャンディの頬が自然にほころんだ。
「おーい、トニー!今夜はママがいないぞー!しっかり留守番しなきゃな」
アーチーが窓の外で遊んでいるトニーに声をかけると、トニーが窓際に駆け寄ってきた。
「ぼくるすばん。パパとママ、デートにいくんだよ。ぼくはマーチンせんせいとやくそくがあるからいけないの。ママ、あしたね!」
それだけ言って手を振ると、トニーはトコトコと庭へ走って行ってしまった。今回はじめてハッピーマーチン診療所のマーチン先生と対面したトニーは、すっかり老医師を気に入ってしまい、連日マーチン先生の膝の上によじ登っては、太鼓腹をぽんぽん叩く遊びに熱中しているのだ。
「あんな調子だから、大丈夫だろう。アニー、きみにも迷惑をかけてしまうけど、トニーを一晩よろしく頼むよ。その代わり、今度のきみたちの結婚記念日には、アーチーをしっかり休ませるから二人でゆっくり過ごしてくれ。そのときはうちでアリスを預かるからね」
アルバートがアニーにウインクすると、アニーは瞳をキラキラさせながら上擦った声で答えた。
「素敵・・・ぜひお願いします!アルバートさん、トニーは私が責任もって見てますから、安心してキャンディと楽しんできてくださいね!ね、アーチー!」
「・・・ああ、そうだね・・・。いってらっしゃい、おふたりさん・・・」
「なんでそんなに暗いんだい、アーチー」
相変らずのアーチーの表情に、皆がたまらず笑い出した。

キャンディは大急ぎで自分の荷物をまとめると、アルバートの車の後部座席に運び込んだ。
「じゃあトニー、パパとママは一日だけお留守にするわね。いい子にしてて、みんなと仲良くね。明日のお昼には迎えに来るからね」
そのトニーは、両親が自分を置いて出かけることにもケロッとしている。
「パパママなかよくいってきていいよー。ママいっぱいパパにチュッチュとだっこしてもらいなねー」
無邪気に手を振るトニーの物言いに、キャンディは真っ赤になって息子の口を手でふさいだ。
「・・・さすが、アルバートさんの息子ですね。末恐ろしいや・・・」
いずれはビジネスにおいてもトニーのお守り役になるであろうアーチーが、引き攣った笑みを浮かべながら呟くと、アニーが嬉しそうに夫に寄り添って微笑んだ。
「ああ、やっぱり憧れるわね・・・アルバートさんって本当に妻想いよね。おかげで私たちも今度の結婚記念日が楽しみね!」
アーチーの笑顔がますます引き攣る。キャンディは二人のやり取りに苦笑いしながら、アルバートの隣の助手席に乗り込んだ。そうして、ふたりを乗せた車は、皆に見送られながらポニーの家を出発した。

「何もかも急なんだから。びっくりしちゃったわ。ねえ、これからいったいどこへ行くの?」
責めるような口調と裏腹に、キャンディは嬉しさを隠し切れない様子でアルバートに尋ねた。
「本当は気の利いたところへ連れて行ってあげたいんだけど、いかんせん時間がないからね・・・。二度目で悪いけど、またあの山荘はどうかと思って。ハネムーンで訪れたレイクウッドのコテージだよ」
「えっ!またあそこに泊まれるの?!嬉しい、私また絶対行きたかったの!5年ぶりよね?」
キャンディは運転しているアルバートに思わず抱きついてしまい、夫を慌てさせた。
「ジョルジュがね、苦労して調整してくれたんだ。僕のためじゃなくて、キャンディのためにね。せっかくの結婚記念日に、キャンディス様が淋しい想いをしてはいけませんって言ってさ、必死でスケジュールをやりくりして、3日かかる仕事を1日に詰め込んでくれて。おかげで昨日まで僕もジョルジュもヒーヒー言ってたけど。でもおかげでこうして今日、きみのところに戻ってこれた。山荘の手配も、ジョルジュが昨日までに指示してくれたから、ちゃんとキレイになってるはずだよ」
キャンディは、ジョルジュの冷静な表情に隠れた優しい眼差しを思い出し、その温かい心遣いに胸がいっぱいになった。




by akaneiro16 | 2016-04-28 16:02 | ファンフィクション