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私のお気に入り ♯8

それからほどなくしてジョルジュの車が屋敷に戻ってきて、買い物袋や箱をいっぱい抱えたアニーとポニー先生、レイン先生が帰宅した。買ってきたもののほとんどが、子供たちの衣類や本、文具だったが、滅多に服を買わない先生方も思い切って新しい服を自分用に購入していた。アニーがあれこれと見立ててあげたらしく、女3人で楽しいショッピングになったようだった。アニーはアリスのために新しいリボンを何種類も買ってきたのだが、例によって娘はリボンなど無関心で、どうせなら新しい本が欲しかったと文句を言う始末だった。

その夜は早めのディナーを済ませ、明日ポニーの家に帰る子供たちをさっさと寝かせようとしたのだが、いかんせん皆テンションが上がっていて、それぞれちっとも寝付かなかった。そのぶん大人たちはどっと疲れ果て、疲労困憊だった。
トニーもまた、ぎりぎりまでポニーの家の子供たちと遊びまわっていて、部屋に戻ってからもベッドの上でぴょんぴょん飛び跳ねまくって、キャンディに大目玉を食らった。それでもめげないトニーは、ベッドに入ってからも、いかにサーカスのライオンが素晴らしかったかを滔々と語り続けた。
ベッドの上でキャンディを待ちくたびれたアルバートは、睡魔に負けて先に沈没してしまい、結局昼間の甘い抱擁の続きはこの夜は叶わなかった。
ようやくトニーを寝かしつけ、キャンディは夫婦の寝室に戻った。ベッドを覗き込むと、ここしばらくの不安から解放されたのか、安心しきったように眠り込んでいるアルバートの寝顔があった。キャンディの心に温かい灯がともり、夫の隣で自身も幸福な眠りについた。

翌日、ポニーの家の一行とパティが、楽しかったシカゴ滞在を終えて村へと帰る時刻になった。
来るときは、社会勉強も兼ねて皆でシカゴまで列車で来たのだが、帰りはお土産があまりに大量になってしまったため、とても全部を抱えて列車に乗れる状態ではなかった。恐縮する先生方をよそに、アルバートがさっさと車を数台手配し、子供たちはポニーの家までドライブしながら帰宅できることになった。
「本当に、何から何までお世話になりどおしで、何とお礼を申し上げてよいか・・・。お土産もあんなにたくさんいただいてしまって・・・」
ポニー先生とレイン先生がアルバートに何度もお礼の言葉を述べている。
「とんでもない。皆さんのおかげでうちの息子も本当に楽しい誕生日を過ごせたんですから、こちらの方が感謝しないと。今度はトニーとアリスをそちらに泊まりに行かせてもいいでしょうか?」
「それはもう、ぜひ!いつでもお待ちしていますわ!」
「トニー、良かったわね。今度はトニーがポニーの家に行けるのよ。とっても楽しいところよ~。丘があってみんなで駈けっこできるんだから」
「ええー!ほんとうー?!ぼくいきたい、はやくいきたい、いまみんなとかえる!」
「今日はダメよ。今度ゆっくり行きましょうね」
ぽにーのいえ、ぽにーのいえ、と繰り返しながら、できそこないのスキップをするトニーとアリスの姿を微笑んで見つめながら、パティもキャンディたちとの別れを惜しみつつ車に乗り込んだ。
そうしてにぎやかな一行が数台の車に分乗してアードレー家を後にし、トニーの誕生日も無事に終わったのだった。

「さて。みんなこの3日間、お疲れさま。本当にありがとう。明日から僕らも通常運転なわけだが」
屋敷の入り口にはアルバートとキャンディ、アーチーとアニー、そしてジョルジュが残っていたが、アルバートは大総長としての口ぶりでこう続けた。
「明日はまる一日ジョルジュの休日としよう。僕は昼からX銀行の頭取に会わなきゃならないんだが、それはアーチーが一緒に来てくれるかい?」
「ウイリアム様!そのようなお気遣いは結構です。私が通常通りご同行しますので・・・」
「そうですよ、アルバートさん!僕だって、この3日、子供たちの世話でクタクタだし・・・」
ジョルジュとアーチーがそれぞれの言い分で抗議したが、アルバートは右手をサッと掲げてそれを制した。
「いや、これは命令だ。ジョルジュこそ休みなく働きすぎなんだ。一日くらい臨時の休日があってもいいだろう?もう年も年なんだから、そろそろ仕事のペースを落としていこう。そうじゃないと、僕が気が気じゃないよ」
年齢のことを言われてジョルジュが一瞬ぐっと言葉に詰まったが、アルバートの思いやりは心に伝わったようだ。ほんの少し考えてから、ひかえめな微笑をたずさえ答えた。
「お心遣い、ありがとうございます。それでは明日はゆっくりさせていただきます」
キャンディも、そろそろ年齢を重ねてきたジョルジュの健康が心配になりつつあったので、これからはできるだけ無理をしないでほしいと思っていたところだった。アルバートの抜かりない気遣いに、キャンディは改めて夫を誇らしく思った。

アルバートは、子供たちの世話に翻弄されて寝不足らしいアーチーの疲れた顔に向き直ると、ちょっと申し訳なさそうに言った。
「アーチーも疲れがたまってるのはよく分かるよ。本当に申し訳ない。でもきみはそろそろ本気を出さないと。ジョルジュはいずれ引退の時が来るし、僕だってこの先、第一線で動ける期間はそんなに長いと思っていない。むしろさっさと後任に託して後ろに引っ込みたいんだから。そのときのアードレーの舵取りは、きみにかかっているんだよ。うちのトニーがきちんと仕事をこなせるようになるまで、あと20年以上かかる。その間、僕が頼りにするのはきみしかいないんだ」
アーチーがハッとして、急にその眼を鋭く輝かせた。アニーもアーチーの隣でアルバートの言葉に聞き入り、夫の腕を思わず掴んでいた。
「明日の同行、頼めるかい?きみも先方に顔を売っておいていい時期だと思う」
「・・・はい!もちろん、同行します。行かせてください!」
先ほどまでくたびれていたアーチーの顔に血色が戻り、男としての野心を思い出したかのように瞳がキラキラと輝き始めた。キャンディはなぜか胸がいっぱいになってアニーを見やると、アニーも頬を染めながらキャンディに微笑み返した。

「ようし!そうとなったら明日の準備でもするか!アニー、この前仕立てたピンストライプのスーツを出しておいてくれないか?」
アーチーが屋敷の中へ戻りながら張り切った声を出したそのとき、それまで庭先で勝手に遊んでいたトニーとアリスがアーチーのもとへと走り寄ってきた。
「あのね、パパ。今日はトニーがうちにお泊りするから」
「・・・へ?」
「みんなポニーのいえに帰っちゃったでしょ。トニーもあたしもさみしいの。だから今日はトニーがうちにお泊りするの。いい考えでしょ」
「・・・えっと・・・。それはまあいい考えだけどね・・・。でもパパは明日の仕事の準備が・・・」
「だってパパはべつにかんけいないじゃない。パパはかってにおしごとしてて。トニーのねるところだけつくってね」
「あら、楽しそうね!うちはもちろんOKよ、キャンディ。そうそう、ちょうど私、トニーとアリスにお揃いの帽子を編みたいと思ってたのよ。お泊りのついでにサイズを測らせてもらうわ」
「あらっ!ほんとにいいの?アニー。それは嬉しいわ!じゃあ、お言葉に甘えてお泊りお願いしちゃおうかしら」
「・・・あのぉ・・・アルバートさん・・・」
また寝不足になるのかと戦々恐々としているアーチーのか細い声に、アルバートが快活な笑いを返した。
「いやぁ、助かるよ、アーチー!トニーはアリスと本当の姉弟みたいなものだからな。ぜひ今夜もお守りをよろしく頼む!明日は昼前に先方に着けば十分だから、余裕だろう?」
「あ・・・はい、そうですね・・・。分かりました・・・。分かりましたよ・・・」
心なしか背中が丸まっているアーチーの後ろ姿を見送りながら、アルバートがキャンディの肩を抱き寄せて耳元に低い声で囁いた。
「・・・キャンディ、今夜はふたりっきりで過ごせることになったよ」
キャンディは胸の奥が甘く騒ぐのをはじらいながら、アルバートの頬を軽くつねった。



by akaneiro16 | 2016-04-12 16:02 | ファンフィクション