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Moon River ♯2

この夏に気持ちを確かめあい、結婚の約束をしてから数か月。まだ公表できる段階ではないが、キャンディはアーチーとアニー、パティにはもちろん知らせた。エルロイとジョルジュには、アルバートがすぐに伝えてくれたが、内密にするようにアルバートが指示したため、ジョルジュの態度は以前とほとんど変わりない。エルロイはやはりいろいろ理由を並べては難色を示した。けれどもアーチーとアニーの婚約時の気苦労で懲りたのか、それともアルバートとキャンディを引き離すことなど到底無理だと諦めたのか、結局は意外にあっさりとふたりのことを認めてくれたらしい。そのかわり、親族を納得させるのは、自分たちで責任をもってやり遂げなさい、私は手伝いませんよ、との条件付きだったが。最近のエルロイは体力の低下とともにめっきりおとなしくなっている。
ただ、そこでふたりの結婚に関する動きはストップしていた。なんと言ってもアルバートが忙しすぎた。キャンディもまた、日々看護婦の仕事とポニーの家の手伝いに追われていたし(最近また2人孤児を引き取ったのだ)、キャンディ自身もまだもう少し仕事を続けたかった。
焦るつもりはなかったし、これから養女解消の手続きやら親族への説明、その後の婚約発表などなど、片付けなければいけないことはいくらでもある。キャンディが結婚するとなると、ハッピーマーチン診療所の後任看護婦も探さなければいけない。そんなこんなで、実際に結婚に至るまで、まだまだ時間がかかるだろうと、ふたりは覚悟していた。

最初は軽いキスで済ますつもりだったのに、ふたりは互いの身体を離すことができなかった。求め合う唇が濡れた音をたて、その響きが余計にせつなさを深める。ますますふたりは強く抱き合った。
アルバートはサンパウロでの新事業や毎日の業務に多忙を極め、ふたりがゆっくり会えることは滅多にない。こうして少しでも会える時間があると、会えないときの寂しさを必死で埋めるようにキスが長く深くなってしまうのだ。

ようやく唇を離すと、キャンディは改めてアルバートの胸に頬を寄せた。顔が上気してなんだかフワフワする。あまり時間がないのは分かっていた。あと一時間後にはパーティーが始まるのだ。身支度を整えなければ。それでも、会えずにいた毎日の寂しさを少しでも満たしたくてアルバートにしがみついているキャンディの髪を、アルバートが愛おしそうに優しく撫でた。
「キャンディ・・・。このままふたりで逃げてしまいたいよ。本当はこんなパーティー、面倒でたまらないんだ」
「逃げたらダメよ、アードレー大総長さん。みんなが血眼で探しに来て、私が叱られちゃうわ」
キャンディはくすくす笑いながら、アルバートの顔を見上げた。それを合図に、ふたりはやっと身体を離した。
「仕方ない。笑顔の仮面を張り付けて今日を乗り切ろう。じゃないと、またジョルジュに叱られる」
アルバートはキャンディの額に軽くキスすると、名残惜しそうにドアを開けた。
「ああ、忘れるところだった。キャンディ、クローゼットを見た?プレゼントがあるよ。きっと似合う」
じゃあ一時間後に下に降りておいで、と言い足して、アルバートは部屋から出て行った。

見送ったあと、キャンディはすぐにクローゼットを開けた。中には新しいパーティードレスと靴があった。「きれい・・・!」キャンディは思わず声を上げる。
品のいい色合いの、赤いドレスだった。最近流行のストンとしたシルエットで、シルクの生地に繊細なビーズがふんだんに縫い付けられ、キラキラと輝いている。大胆に腕を出すデザインで、スカート部分も今までのドレスより丈が短い。過去にキャンディが着てきたドレスよりだいぶ大人っぽいが、決して派手ではなく、上品で清楚な雰囲気も残している。アルバートが選んでくれたと思うと、ひときわ胸が高鳴った。
アルバートさんって本当に、私へのプレゼントの選び方が上手いのよね・・・。ああもう、なんだか悔しい・・・!

パーティーは2部制だった。午後明るいうちから始まるガーデンパーティーはアードレー一族のみの内輪のもの。そして夕刻から始まる、ホテルの大広間でのパーティーは、一族に加えマイアミの観光事業に携わる関係者や地元の名士たちを招いたビジネス色の濃いものだ。実際、このホテル以外にも、マイアミでは新しいレジャー施設やホテル、別荘や住宅などの建設計画が続々と進んでいた。
身支度を整えたキャンディがホテルの庭へと足を踏み入れると、メアリやラガン家の懐かしい使用人たちがすぐにキャンディを取り囲んだ。
「まぁー、これはびっくりだ!キャンディったらいつの間にかすっかり大人のレディになっちゃって。あんた、こんなにべっぴんさんだったっけ?!」
準備の段階ではいつも通り忙しく働いていたメアリたちだが、パーティー本番の間は参加を楽しむことを許されているそうで、皆それぞれ精一杯めかし込んでいる。そんな彼らも、キャンディが放つ年頃の娘特有の輝きと、内側から発せられる恥じらいを伴った色香のようなものに驚き、キャンディにいったい何があったんだと顔を見合わせていた。

広い芝生の上にテーブルや椅子が並べられ、見ているだけでも美しい豪勢な料理がズラリと並んでいる。椰子の木に調和するように南国を思わせる鮮やかな花々があちらこちらに飾られ、後ろに控える瀟洒なデザインのホテルに映えていた。既に人々は飲み物を手に行き交い、思い思いに談笑している。
メアリたちと会話を楽しんでいたキャンディの視界に、突き刺すような視線が飛び込んきた。この刺々しくも懐かしい(?)視線。顔を向けると、案の定そこにはイライザがいた。
イライザに会うのは久しぶりだ。シカゴに行っても最近ではパッタリ顔を合わせることがなくなった。ニールは父親とともにホテル経営の仕事に没頭していると聞いていたが、イライザはどうやら見合いを繰り返しているようだ。今のところ実ったという話は聞かないが。
イライザはキャンディのドレス姿を上から下まで値踏みするように素早く見た。そしてその目に、露骨に悔しそうな動揺の色が浮かんだが、必死のプライドなのかすぐにその気配を引っ込め、ぷいっと顔を背けてその場を離れて行った。
やれやれ、イライザも相変わらずだわ。
アルバートがウイリアム大おじ様だと分かったときから、イライザはそれまでと同じように堂々とキャンディをいじめることができなくなってしまった。大おじ様が想像をはるかに超える若い実業家として公に姿を現した以上、その養女であるキャンディに対して嫌がらせをするなど、自分の身の破滅につながることくらい、さすがのイライザも理解はしていたからだ。そのかわり、イライザは徹底してキャンディを無視する道を選んだ。キャンディとしても、そうしてくれたほうが余程気が楽だった。
「イライザお嬢様は相変わらずだよ。あの根性を直さないことには嫁になんていけないだろうに、てんで分かってないんだからねぇ」
メアリがこっそりとキャンディに耳打ちしたので、ふたりはクスクスと笑いあった。

by akaneiro16 | 2016-02-01 15:58 | ファンフィクション